de spiriarto & lucy (日記、ゲーム感想の個人サイト)    現在位置: トップページ日記インデックス日記(2020年)

artoの心揺さぶられる日記
 2020年





貴方たち、私たちが「性欲」「性エネルギー」と呼んでいるモノの本質は、
魂の伴侶=一対の男女間で循環するエネルギーであり、
魂の伴侶間の愛のエネルギーである。
(と自分は考え感じている。今までの生、オナ禁の体験を超えてきて)



それゆえに、
・魂の伴侶と一緒になること
・魂の伴侶と一緒に過ごすこと
を一番の土台にするべき、
というのである。
(もちろん、そうではない、とか、
それ以外に一番エネルギーを使うよ、という考えがあってもいい)




その聖エネルギーのイメージは、
一対の男女間で∞の字で結ばれる、何十、何百にも束ねた紐のようなイメージである。




そして、その魂の伴侶、いわゆるツインレイの聖エネルギーを
別の方向へ向けさせる存在も居る。
(自分は勝手にネガティブ・エンティティ=N・Eと呼んでいるが 笑



これは、聖書で言えば「蛇」であり、別の言い方をすれば「闇の存在」とか「魔」とも言い換えられる。




別の方向へ向けさせる、というのは、例えば
 ・別の異性へ向けさせる
 ・別の行為(過度の労働など)に使わせようとする
 ・人と人の間に疑心を埋め込み、争わせようとする
など色々。



どうやら、このN・Eという存在は、
 .張ぅ鵐譽い龍力な愛のエネルギーが都合が悪い
というのと
 ∧未諒向へ向けさせた結果、生じる
  欲・ネガティブなエネルギーを欲している

らしい。




ここでポイント。




1.こういう存在は、思念などで「挑発」は出来るのだが
我々に「直接的な危害・影響というのはできない」。
だから怖れる必要がない、というか、
その怖れの思念自体がN・Eともいえる。



2.こういう存在は、
自己の波動・思念を観察し、
反応しない = 同調しない
ことで、自己の波動がアップする。

別の見方をすれば「我々の波動を鍛錬してくれる存在」とも言えて、 つまり「存在意味」があるのである。




例えば、そういう「魔」の存在を認識した後、
「絶対に許せないわ!攻撃して撃退して、徹底的に叩きのめしてやる!」
と浮かんだとする。



これも、怖れや疑念の心と同様、その荒々しい思念自体が実はN・Eといえるのである。 なので注意。
日月神示ではこれを「悪を攻撃しようとするその心が悪じゃ」という書き方で表現していたが。(正確な文章はうろ覚え 笑)



ただ、今現在の世界は、
これまでの時代に比べて、N・Eという存在は
かなり少なくなったのではないか、と思う。
そして今後、地球と世界と人々の波動はますます上がり、
これまでN・Eなどの力で出会えなかった、出会っても一緒になれなかった 魂の伴侶・ツインレイのペアもどんどん一緒になると思う。






魂の伴侶間の聖なるエネルギー(性エネルギー)とは、



魂の伴侶である一対の男女が、お互い求め合うエネルギー
(例:「会いたい!」「一緒になりたい!」「ひとつになりたい」)




であり、



純粋な愛のエネルギー、真の愛のエネルギー



である。


みなさんが「性欲」「性エネルギー」と呼んでいるものは、
本来はそういうエネルギーなのである。
一対の男女間で循環している愛のエネルギーなのである。




そのようなエネルギーなので、例えば、


労働でそのエネルギーを発散する、とか


他の異性との性行為で発散する、とか


で使っても、そのエネルギーの正しい流れでない為、


一時的に発散されても決して満たされることはない。


むしろ、不満や悲しみ・ネガティブが「副産物」として出てくる。


みなさんもよくよく考えれば心当たりがあるのではないでしょうか。




自分が、


「魂の伴侶との接し」
「魂の伴侶との愛の交換」
を一番の土台にするのが善い



と言うのはそれゆえなのである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ただ、これまでの長い時代では、


・過度な労働

・過度なスポーツ

・ポルノ、エロ
(これは主に男性のエネルギーに影響)

・フリーセックス信仰

・恋愛を煽る情報
(この辺は女性が影響を受けやすい)


などで、


魂の伴侶間の聖エネルギー
(本来はとても強大、莫大なエネルギーである)
を別の方向に向けさせて、別のモノへ消費させる。
または、別の異性と肉体的カルマを積ませたり。



そうすることが都合のよい、
あるいは、
魂の伴侶間の愛のエネルギーが都合が悪い


ネガティブ勢力、ネガティブエンティティという存在が居た
ということ。
(これからはほぼ居なくなるかもしれないが)




このような時代背景があり、
今の時代、魂の伴侶、いわゆるツインレイと呼ばれる相手に
出会うことができた人たちは、
それなりに、綿密な、強固な魂のシナリオを書いて今生に生まれてきてるのではないか、と思う 。


(そうしないと、上記の仕組みがある現代では、 簡単に、聖エネルギーを別の方向に向けられてしまうので)





これまでの世界は、古事記で言う「イザナギとイザナミが別れた後の世界」であり、 一対から別れた一人神が、自分宇宙の中、一方の力のみで創造してきた世界である。



そして、これからの世界は、
「イザナギとイザナミが相抱き合う時節」ということで、
アダムとイブの失楽園前、ナギとナミの神代への帰還、
五次元の二人世界
である。



これまでは、カルマの関係やら、我欲の結びつきにより、
他の魂との接しは偶発的に発生することが多かった。



しかし、これからは、その世界に存在するのは
実質、自分と魂の伴侶のみであり、
ナギとナミの逸話の通り、
二人のエネルギーで世界を創造する

(引き寄せるといってもいいが)のであり、
目に映る他者は、
接する際は、必要に応じて、数あるその魂のバージョンから
自分たちに望ましいその人のバージョンを呼び出して接する
ことになる。 (自分はそのように捉えている)







二人のエネルギーの世界である。
一対の存在がそれぞれ融合した後の世界である。







ゆえに、
一番の根っこ、一番の土台となるのは、
1.「自分の魂の伴侶との接し」
1.「魂の伴侶と好きなように愛を交換すること」

であり、
2.「自身の自己表現活動」
はその下にあるもの、と自分は考える。
(というより、魂の伴侶との関係が最大の自己表現ともいえる)




1がない状態で、2をやっている状態だと
どうしても「片手落ち」というか、
二人の世界の楽や嬉のエネルギーバランスが
不完全な状態になるのではないだろうか。






では、五次元二人の世界に移行するタイミングはいつだろうか?






自分は「コロナ騒動が収束した時」だと思う。






世界は無限のタイムライン、並行世界なので、
これを見ている貴方の世界では、
2020年4月くらいにコロナが収束してるかもしれないし、
2022年になっても、まだ緊急宣言が続いているかもしれない。
それは判らない。



また、コロナが存在しないタイムラインで、すでに五次元世界にふたりで入場してるペアもいるかもしれない。



自分の見解では、
コロナ中に一対ふたりの存在の波動が浄化、クリア、そして融合していく。
見方によれば、
男神の方が、アダムが、イザナギが、
闇の世界へエヴァ、イザナミを救いにいく過程
であり、
緊急宣言が終わり、社会が再開するタイミングで、
ふたりの波動の融合完了。五次元二人の世界に移行した合図
だと思っている。



コロナ前に魂の伴侶に出会っていて、離れ離れになっているなら、
コロナ後の五次元二人の世界で再会するだろうし、
コロナ前にまだ出会っていないなら、
コロナ後の五次元世界で、自身の魂の伴侶に初めてお目にかかるだろう。






貴方は何をやってもいいのである。




例えば食に関して。




自分としては
1日1食以下で、できれば菜食なら尚善し、と思っている。
しかし、肉食の人を決して否定はしない。
肉を食べたい人は好きなように食べるのがよい、と思っている。



なぜか、というと、
魂の発達の段階や進む方向が、それぞれの魂によって異なるからである。
あるいは「現段階の魂の目的」が異なるからである。





極論を言えば、人殺しに関して。





多くの魂は、その発達段階において、
「人を殺すのは善くない」と学んできた、であろう。



しかし、
その段階に達していない魂においては、
「人を殺すという経験が必要」なのである。
あくまで極端な例で、もうそういう段階の魂は少ないと思うが。
(もちろん、そんな魂が身近に居た時、
はいどうぞ、と許容することはできないけど 笑)




そういう意味で、
貴方は、貴方の好きなこと、やりたいことをやってもいい。
それが貴方にとって最善。




これが、いわゆる「自由意思」というものであり、
この「自由意思を尊重してあげる」というのが、
「愛の形のひとつ」なのである。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




一方、この
愛 = 自由意思の尊重
の反対がある。




それは、
支配 = 被支配
の関係
である。





ひとつの例えで言うと、





ネットの有名ブログの人や
スピリチュアルのリーダーといわれる人が
「こうこうこういうのが
あなたにとって善い!これが正しい!」と言うとする。


それを見た側が、
「よく判らないが
この有名な人が言うなら、正しいに決まっている」と鵜呑みにするとする。




これは、度合いにもよるのだが
一種の支配 = 被支配の関係であり、
それは「我欲」でもあり、
言い方を変えると「依存されたい欲」と「依存したい欲」とも言える。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




先も書いたとおり、
それぞれの魂によって段階、言い換えれば「波動レベル」が違うので、
これがすべてにとって正解、というのはないのである。
各々の魂にとって、正解は異なるのである。
「日月神示」では、これを「人によって八通りに読める」と書いている。




それゆえに、




ブッダが「私が言ったことでも、貴方が納得したものだけ受け入れよ」と言ったように、
貴方が「なるほどそうだ!」と思ったもののみを受け入れ、
貴方が「したい!」「やりたい!」と思ったものをやればいい。

というより、貴方にはそれができるのである。
それが、それ自身が、貴方に宿る「内なる神」なのだから。




PS.
まあ、そうは言っても、
「〜したほうがいいよ」
と口出ししたくなる時はありますよね(笑)。





これまでの時代は、どこか
・我慢するのが当たり前
・好きなことをできないのが基本
・苦しむことでようやく良いことが起こる


というような、「苦」や「我慢」が前提にある時代であった。




しかし、これからの世界は違う。




自分の本当に好きな人と、
自分の本当に好きなことを、
自分の好きなだけできる、
無限の幸せ溢れる世界。いわゆるミロクの世界

である。



多くの人は、
戸惑い、怖れ、本当にいいのだろうか?という心を持つかもしれない。
今までの時代がとてもとても長かっただけに。
過去何世代もそういう記憶の蓄積があるだけに。



が、これからの世界は、
アダムとイブの失楽園の前、
イザナギとイザナミの別離の前の世界であり、
これまでの常識、経験が全く当てにならないのである。もちろん善い意味で。
それは心に留めておくべき。




2020/5/27に
「トップページ」
に頂いた拍手コメント について、
同ページの一番下に返信しました。



陰の時。
例えば、自分の波動の調子が善くない時。
例えば、ついてないと思うことが続く時。


前にも書いた気がするが、
この時期というのも「必要なもの」であり、
後の陽を受け取る為の準備期間なのである。




それは、
朝顔の花が花開く前に「闇の時間」が必要不可欠なのと同じ、
である。




その陰の時に大切なのは、


無理に動かない
ジタバタ無理をしない  =  静かに受け入れる



と自分は体感している。


要するに「無理をしない」である。





陰の時というのは、人間嫌がるもので、
「早く成果を出したい!」
「早くこの状況を変えないと!」

と、焦りや恐れ、あるいは我欲の心から
無理に動き過ぎたり、無理に急ぎ過ぎたり、しがち
である。




それは、イコール、




花を咲かす直前なのに、
焦って自ら、芽を掘り起こすようなモノ



あるいは、


あと少し待てば、
黄泉の扉からイザナミが出てくるのを
焦って自ら扉を開けてオジャンにしてしまうようなモノ



あるいは、


大東亜戦争中の栗田艦隊が
連絡がないのを、焦って待つことが出来ず、
レイテ湾直前で転回してしまった例と同じ、なのである。





神の流れにおいて、
陰の時もその存在意味があり、大事な大事なモノなのである。



だから皆さん、コロナについても
嫌かもしれませんが、
「その存在意味があるんだ!」と思って受け入れましょう。(笑)





戦国時代、武田信玄が
「戦とは、およそ勝てばいいというものではない。
9分の勝ちで驕り、8分の勝ちで侮り、・・・」
「ゆえに、5分〜7分くらいの勝ちが最上である」

的なことをいっているのですが、
(正確なのはググってください 笑)、
これは本当にそうで、武田信玄はすごい!と思っています。



勝つことがすべて。競争に勝つことにしか価値がない。
勝ちの話だけではないですが、
現代はこのような考えが正しい、
という集合意識がありますが、
実はこの思考、この波動というのは、
修羅の波動、殺意の波動、
言葉悪くいえば「悪魔に魂を売った状態」と同じなのであります。



低次の悪神でない、
本当の神の流れ、神のストリームというのは、
陰と陽を繰り返しながら、無限大に上昇していく 、無限の幸せスパイラル
なのです。
(ジグザグしながら、徐々に上がっていく右肩上がりのグラフ
をイメージしてください)



一方、修羅の波動、低次存在の力を借りた波動というのは、
まさに「悪魔に魂を売った」状態で、
急激な上昇をするのだけど、
あとで同じ分、あるいは、それ以上に
代償を要求されて、
結局振り出しか、それより下降することになる
のです。
「すぐのおかげは低級霊」(日月神示)
芸能などで急激に売り上げるものは、ほぼそういうものだと思います。



多分、すべての輪廻転生ではありませんが、
誕生⇒隆盛⇒老い⇒死⇒誕生⇒・・・・
これでまったく波動の上昇がない場合の転生は、
まさに「悪魔の波動」の中をくるりくるり永遠と廻っている
のだと思います。
現代に近い転生の多くの魂は、このようなものが多いかもしれません。



貴方はどちらの波動を選びたいですか?
自分は修羅の波動、殺意の波動は嫌で好みでない。
ゆえにそちらには進みません。



その場合、武道や対人戦において
「試合に勝って驕らず。
相手をなめたり見下したりしない。

一方、試合に負けて自暴自棄にならず。
自己を否定したりはしない。」
というような意識が大切
かと。
というより、武道の一番の根底には、そういった
「自身の波動のコントロール」
「自身の波動の鍛錬」
を第一におくべきかと、
自分なんかは思います。
その上で、勝負を楽しみ、テクニックの向上を楽しむ。
そして、波動の鍛錬も楽しむ。
まさに無限の楽しさ、無限の幸せです(笑)。


今日は以上。





先日、スト5のオンライン対戦を始めたとお話しましたが、楽しいです! 格闘ゲームは子どもの頃好きだったモノ、スト2から始まり大学までやっていたので、 もしかしたら自分に合っているモノなのかもしれません。





今日はとても大事なことを書きます。
(というか、いつも大事なことを書いているつもりなのですが 笑)





スト5や格闘ゲーム、格闘ゲームに限らず
対人のあるもの、試合形式のもの、将棋、武道などをすべてそうだと思うのですが、



相手に勝って驕らず。
自分より力量の低い者に驕らず。





これが非常に大事だと思い、意識しています。




対人戦、試合形式のあるものでは、
(厳密に言えば、日常あらゆる場面でありえるのですが)
勝ちが続くと、人間どうしても相手に驕る心、見下す、見くびる、侮る、といった心が浮かんでくると思います。



これが「我欲」というものだと思いますが、
この「我欲」というものはやっかいなことにエスカレートしていく性質のもので、 普通にしてると、その人の人格、心、波動に雪だるまのように積もっていく ようなのです。



それがスト2シリーズでいう「殺意の波動」状態。
殺意のリュウとか、フィクションの話のようにみえますが、
この世の人にとって、決して他人事ではないのですよ(笑)。





「殺意の波動」に取り込まれると、
 ・どうしても勝たないと気がすまない!
 ・人、弱い相手を叩きのめすことに楽しさや快感を感じる
 ・勝つことが自分の価値、アイデンティティになる

などのようになり、
不健全な面で楽しさを感じつつ、
実際は自身の魂を傷つける、本当の幸せから遠のく生き方になる。





オンラインといえども「人と人との接し」なので、
相手の波動を感じますが、
殺意の波動に取り込まれた人は、プレイ上接してて判ります。





「殺意の波動?自分はそれが大好物だぜ!!」
という方は、それも自由意志であり学びの一つなので、それもいいと思いますが、
「それは嫌だ!」という方、
その方々にとって大事になるのが
上に書いた意識 + いわゆる「礼儀」なのです。



初め:「よろしくお願いします」
終わり:「ありがとうございました」




これは、相手と自分が気持ちよく楽しむためでもありますが、
「自身の波動」「自身の幸せ」のためなのです。





そして、
上記のような不善の想念を観察する意識を持てば、
格闘ゲーム、他の武道もすべて
「我欲をコントロールする訓練」「自身の波動の鍛錬」「霊的成長と学び」
を含むゲームに早変わりするのです!




皆さん、不健全な楽しさを求めるのではなく、
健全な楽しさを味わう旅を!
今日書きたかったことは以上。





PS. 上の意識をもう少し進めていくと、
「天地の神々、上の大神に驕ったり、見くびることも善くない」
となり、神々への礼儀となります。
朝:天地の神よ、今日も一日よろしくお願いします。
夜:天地の神よ、今日もありがとうございました。

という感じです。


PS.これまでの日本人はすごくて、
あらゆる「〜道」で第一に「礼儀」を置いている。
日本人に生まれる魂は、霊的成長段階が進んだ魂、という噂もありますが、
確かに、我欲の段階を突破した魂が多いのかもしれませんね。






アダムとイブの頃から始まり、
これまで一対の存在がひとりひとりに別れて
色々と体験してきたのだろう。



イザナギは一方的になって、天照大神を生んだり、
時に独身で、時に多くの異性との関係の中、やってきたのだろう。



       ↓
       ↓
       ↓



そして、長い長い体験を経て、


やはり、ひとり でなく 「ふたり」。


※この「ふたり」というのは、
もちろん、ひとり以上の不特定の異性と一緒にいればいい、という意味でなく、 「一対の男女」という意味である。




ゼノギアスでの「片翼の天使」の話である通り、


一対の天使は、お互いの羽を補うことで、


初めて天を翔べるようになる、
ということ。




すべてのヒトも、単独のエントリーシステムでは
「限界」「無理」があり、
「お互い相補うためのダブルエントリーシステム」である ということ。(エヴァ13号機)



PS. 日月神示にある通り、「イザナギとイザナミが相抱き合う時節」がもう間もなく来る、あるいは、もうすでに突入しているのかもしれませんが、今の時期は、これまでのひとりの体験と意味、そして学びを振り返る時期なのかもしれませんね。


PS. 今年公開予定の「シン・エヴァ」は、13号機にシンジ + 一対の女性(アスカなのかな〜)が乗り、楽園の世界を創る、と勝手に予想。(笑)





自分にとってのアダムイブ存在、
一対の異性以外と肉体関係を持つ
(広くいえば、性エネルギーを向けたり受け取ろうとする)


    ↓


(男性)
・イブの女性と離れさせられる
    +
・イブの女性以外の不特定多数の女性に対し、
欲情する
性を放出しようとする


(女性)
・アダムの男性と離れさせられる
    +
・アダムの男性以外の不特定多数の男性に対から
性を受け取ろうとする
誘惑する


以上が、原初のアダムとイブから始まり、
すべての男女に継承された性エネルギーについての神の仕組みであり、
本来神のエネルギーである性が、
我欲性欲エネルギーに落ちていく原因であり、
神エネルギーを一対の異性以外と使うことに対する
天の神からの罪と罰、
なのかもしれない。
(聖書ではいわゆる原罪と書かれている)
(自分はあまり罪、罰という言葉は好きではないが)



ただ、もう一つ大きい枠で見れば、
原初のアダムとイブ、上記の仕組みすらも、
大神様のシナリオの内、なのだろう。
^貘个梁減澆鯲イ譴気察
我欲・エゴの段階を体験
その後、一対の存在と再会し、真の愛の段階を体験

という。


なので、
「多くの異性とセックスしたい!それが生き甲斐!」
という方は大いに好きなようにするのが善いと思うが、
もし、
「エゴの段階はもう飽きた!もう十分!真の愛を体験したい」
という想いが湧いてきたのであれば、
上記を頭に入れ、
自由恋愛や性エネルギーを不特定に向けさせようとする情報には
注意が必要。
(上の△縫襦璽廚気擦燭ぢ減澆箸いΔ里發い襪里世蹐 笑)



そして、そのような想いを持ち、
自分の最愛の女性、イブの女性(アダムの男性)に出会ったとして、
中々一緒になれない期間
が発生したとする。




その期間というのは、




性エネルギー = 神のエネルギーを
イブの女性以外に向けないこと

           ↓

「貴方は、二度とイブの女性以外に浮気しませんか?」
「イブの女性、ただひとりを愛せますか?」

このことに対する神様からのお試し期間




と思う。

(逆に言うと、自分のアダムイブ存在、一対の異性との間には、
そのような意味のあるお試し期間が一定時間、発生するのだと思う)




例えば、朝、緑茶を飲むか、紅茶を飲むか。
午前中外出するか、午後に出かけるか。


このような複数の分岐、ルート選択の場面はよくあり、
「どちらが最善なのだろう?」と悩む方々はほとんどだと思いますが、今の自分の答えは、


どちらも最善。
どちらでも善い。好きなほうを選べ。



である。



こういうのは、
複数のルート(簡単にいうとパラレル世界)、
それらの外側に「大シナリオ」のようなものがあるのだと思う。


どういうことかといえば、
「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」あるいは「シュタゲ」でもいいのだが、
YU-NOの並列世界の図が解かりやすい。


YU-NOの並列世界では、
亜由美さんと一緒になるパラレル世界A、
神奈ちゃんと一緒にある世界B、
澪と一緒になる世界C、
・・・
というように、たくさんのパラレル世界から好きなルートを選ぶことができる。


しかし、その一定のパラレル世界の外、
例えば「Fateのセイバーと一緒になりたい!」とか、あるいは
「オレは翠星石ちゃん!ちゅっちゅ!」などと言っても、
セイバーや翠星石と一緒になることはできない。それは無理である。
我々の世界も、上の例えと同じで、
無数のパラレル世界があるのだが、それの一番外に
その人の魂の計画というか、大神様の計画というか
「大シナリオ」があり、自由意思とは、
その中で好きなものを選べる、
ということである。今の自分の考えはそんなイメージ。


         ↓
         ↓
         ↓
         ↓
         ↓


ゆえに、
世界、思考、エネルギーとして現れたモノは、
 どれを選んでも善い。
           好きなモノを選べば善い。



別の言い方をすれば、


世界に出現した時点で、
  どれでも 好きなモノを 選べる

のである。



(そもそも自分が選択できないものは、
初めの段階でアイデアとか思考とか、世界に現れないのである)


(「日月神示」の中に、「大神様の自由の一部が我々に与えられて〜」みたいな箇所があるが、上記のことを言ってると思う)


(そして、ブログ「水沢実験室」さんの2020/5/4記事「自由意志についての考察」での 食べ放題会場の例えは、言い得て妙だと思う)




5/3の記事で書いた標記の件だが、これは結構大事だと思っている。


1.天の神 ーーー 2.地の神
       |
       |
       |
 3.(原初の)男性


1.天地の神々 ーーー 2.男性アダム
         |
         |
         |
     3.女性イブ



例えば、家族で言えば、



1.父(の神) ーーー 2.母(の神)
         |
         |
         |
      3.子ども



これは何も、上の父母が子どもを支配するとか、
子どもは無条件で父母の言う通りにするとか、
上の順列だから下に偉ぶっていいとかいう話ではない。

そこは注意である。


一番に大事にするのは、
「自分がしたいこと」
「自分はどうしたいか」

だと私は思っている。


ただ、例えば子どもがこのような三位の関係を頭に入れておくだけでも、
「上の母がそう言っている」
と一旦立ち止まるきっかけになるというか、考慮の余地が生まれるというか、 頭にいれておくだけでも謙虚的な何かが違うのではないだろうか。


別の見方をすれば、
上の順列の者 ⇒ 驕り、偉ぶる心
下の順列の者 ⇒ 反発したくなる心
そのような我欲をコントロールする良い機会、とも言える。


自分が考える理想としては、
上の順列の者が下に愛を注ぎ、下の者は上に感謝を返す。
(感謝も愛の形態だろうが)

あるいは、
上の者も下の者も、お互いに敬い、お互いに想い合う関係。
である。





前回の関連。


なぜかというと、
天地の神々様は、そのあたりうまく創っていて、
ある男性には、対になるイブの女性が、
ある女性には、対になるアダムの男性が、
誕生の際、一対一で紐つくように生まれさせ、
それにより、そこにアダムとイブ=ア:イが生まれるように仕組んでいるからである。
(これは、原初のアダムとイブの相似形ともいえる)



逆に言うと、
そういう一対の異性、最愛の異性、それ以外の異性との間には、本当のア:イは生まれない。
理性や無理に頑張ることはできるが、自然の、真の愛は生まれないのだと思う。
もし生まれるのだとすれば、こんなにも世の夫婦とカップルが不平、不満、不幸せになったりしないだろう。



それゆえ、最愛の異性以外と一緒になっても、
お互い、永久にどこか満たされない想いを抱え、
 男性:他の女性に目がいき
 女性:他の男性を心の奥で誘惑しようとする

そうなると思う。
(ある意味、そういう心が生まれる=アダムイブの相手でないですよ、というサインといえるかもしれない)




最近、「ヴィジュアルガイド 竹内文書」(著:高坂和導 三和導代)と聖書の内容から自身が思ったこと。
天の神と男性と女性の関係について。


1.天の神(=天津神=天皇)がまず存在
   ↓
   ↓
   ↓
   ↓ 創る
   ↓
   ↓
   ↓
2.最初の男性を創る
  ・おそらく黒人祖(=国津神とも呼ばれる)の遺伝子を使う
  ・黒人祖=国津神=言い換えれば「アダム遺伝子」を持つ
   ↓
   ↓
   ↓
   ↓ 天の神と最初の男性が共同で創る
   ↓
   ↓
   ↓
3.そして次に、最初の女性を創る
  ・2のアダム遺伝子コピーを持つ



このことから自分が大事だと思うこと

1.世界はすべてフラクタル=相似形である。
ゆえにすべての男女において、このことが成り立つ。


つまり、一人の男性が誕生したら、
その次に、その男性に紐付く一対の女性が生まれる。


 一人の男性 −−−−−−−−−− 一対の女性
   |                 |
   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        アダム遺伝子で結び付く
        (もしかしたら目に見えないモノかも)


2.この
 1.天の神
    →→→2.初めに男性
         →→→3.次に女性



この三位の関係、三つの順序、順番は非常に大事。
(これは、男尊女卑や男女差別がら言っているのではない。 女性に対して驕りたい、優越したい、という想いから書いてるのでないことを、くれぐれも言っておきたい。 というより、男女平等とかそういうレベルの話でないと思う。 世界、宇宙の構造の話。現代世界では順序が逆になってる様子)





以上より、





すべての男女において、

「一人の男性 −−−−−− 一対になる女性」

というのは居て、

その女性というのは、

 ・その男性の理想をすべて詰め込んだ
 ・その男性の好み!100%!のような


そんな女性である。

(なぜかといえば、
上の1.2.3の創造過程からそう言えるのである。
おそらく、女性から見ても、その男性はそうなのでは?)


以上が本日の自分の直観。




劇場でQを見たのが2012年。日記に感想を書いて、
そこからあと3回くらい見たかな。
そして今、youtubeの無料公開を見て、少し考察サイトを回ったら、
新劇場版の謎が再び再燃してきたよ(笑)。



「新劇場版の地球(仮にA)と、旧劇場版から続く地球(仮にB) 二つある」
という考察サイトさんがあり、自分もほぼ同意見。



新劇の序と破の世界は、
当時の感想でも書いたが、
「旧劇場版の世界Bのシンジが、あの時のサードインパクト、
あるいはその時の力で創った、シンジが望むような世界A」

というのは、やはり今回もそう思います。
(細かい根拠は端折ります 笑)。



ただ、その次のQが入ってくると色々と入り乱れ、
考えるのも正直面倒くさ
自分はQの世界は、旧劇場版の世界Bで
ヴィレの面子なども旧劇場版の世界Bの人と思うんだけどな〜。
世界Aと世界Bが融合し元の一つに戻った世界。
その可能性もあると思います。
ただ、2世界の融合の度合いとか、
物質的な地球がどう混ざり合うのか、キャラの記憶は旧劇場版の世界Bのものがメインになるのか、
など考えていくと・・・複雑でもー嫌になってきます(笑)。



Q=旧(劇場版)を指し示す。
ということで、まあ、結果(真の答え)は対して大事でなく、
自分にとって一番大事なのは、
こうやって考えてる時間が楽しい!
ということですね。
もしかしたら、もう1回観て見るかもしれない。





最近は緊急事態宣言もあり、自宅に居ることが増え、
尚且つ、カフェやカラオケといったお店も休業してるので、
外出といえば散歩くらいしかありません。
今日は明治神宮へ行ってきました。


靖国神社はよく行くのですが、明治神宮は生まれて初めて。
代々木駅から歩いて行きました。


神宮の森に入ると、まず波動が新宿や都内の駅前より善いのを感じました。
最近はこういう世界情勢もあってか、
怖れなどの陰性の波動を「霊気=冷気」としてよく感じるのですが、
森の中はそういう寒気はなくなりました。
そして、木の葉の精霊、虫の精霊たちから歓迎と祝福を感じました。



都内にこんな森林が多い場所があったのか!
そして、このような善い波動の場所が管理されていたのか!

と、初めはそのつもりがなかったのですが、
感謝の意が湧いて、思わず本殿でお賽銭を。



そして、お参りを終え帰り道。
急に、明治神宮を立てた当時の数多の国民の
その想い、願い
が自分の内に流れ込んできて、
明治天皇の想いか判らないが、
その国民に対する万の感謝の想い(万感の想い)が溢れてきて・・・。
目から涙が溢れてきてしまった・・・。




まさか今日、ふと来た明治神宮で
こんなにも涙するなんて・・・。(泣き笑)

全くの予想外の出来事。




明治天皇は本当にお幸せだったと思う。
ご本人もそう御感じになられているだろう。




そして、解かった。
日本という国は、明治神宮を始め、
そういう場所に込められたご先祖様たちの想い、願いによって
これまでも、そして、これからもずっと守られていること
を。



ご先祖様 ≒ 日本の神々の守りがもしなかったとしたら、
現在やこれまでの日本は、おそらくもっともっと悲惨なことに
なっていただろう。



日本は神国、神の国、というのは本当だった。
これは何も「外国より俺たちの国、スゲー!」というような
驕った気持ちを持って言ってるのではない。
無数のご先祖様、無数の神々によって守られている
ありがたい国、ということである。以上。




最近、youtubeのスタジオカラー公式チャンネルで、
エヴァンゲリオン新劇場版の3作品が無料公開されてますよね。
今日、久しぶりに「エヴァ破」を見ました。



「綾波を・・・返せ・・・!!」
からのシーンで、
いつも胸に迫り泣きそうになるんですよね・・・。(笑)

もう見るの5回目くらいになるのですが。



自分はそこから、
「なぜ、あのシーンで自分は感動を覚えるのか?」
を問いかけてみました。


あのシンジ君(さん)のシーンを見ても、
「やばい!超感動した!」という人と、
「フーン、そう・・・」という人がいると思うのです。



自分は、心が揺さぶられる内容というのは。その人にとって、
過去の記憶、過去生を含む魂の記憶に呼応している
あるいは、
その人の魂にとって、何か大事な部分に触れる内容だと感動するのではないか、
と思ってます。



自分の過去生の記憶がどんなものか判りませんが、
あのエヴァのシーンを見て感動するのは、
自分のとっての最愛の女性がどこかにいて、
その女性に過去生を含め、ずっと救いたい!再会したい!と思っている。

そのような魂の記憶があるからこそ感動を覚えるのかもしれません。
それは、旧約聖書のアダム、日本神話のイザナギが
闇の世界(黄泉の世界)から最愛の女性を救いたいと思っていたかのように。

かなりロマンチックではありますが。(笑)




いずれにしても、
心が揺さぶられること、胸がふるえることは
その人にとって大事なモノ。





今後は、それを宝物のように大事にして、
このホームページにも書いていけたら、と思います。



あ、そういえば、
それが当HPの開設当初のコンセプトだった。てへっ。
(→のサイトについて参照)




我が神よ、
  無理に動かない = 無理をしない。




ここ最近書いてきた上記は、
何も格闘ゲームだけに言えることでなく、
 人との接しの中、
 毎日の食事、
 最愛の女性との聖(性)行為、
ほぼ、すべての行為において同様だと思っている。


それは、
 その人の神のストリーム、神の波動を損ねない鍛錬、磨く鍛錬
ともいえるのである。



一方、
神の波動とは反対のもの
 (神が)曇ってしまっている波動
もある。


別の言い方をすれば、
 低次の存在に囚われた波動
 低級霊の波動
 我欲の波動

色々と言い方を換えることができるが、
スト5的に言えば、
 殺意の波動
である(笑)。


もちろん、神の波動、殺意の波動といっても、
それぞれと二つの間に無数の段階、曇り具合の度合いの段階があるだろうが、
判りやすく大きく分ければ、この二つ、ということである。



殺意の波動に囚われた人、
(その人の神が)曇ってしまっている人というのは、
欲がエスカレートし我欲となり、
そのコントロールが効かなくなった、
そのことをすら自身で気づけてない、などという感じがある。


例えば、格闘ゲーム等で、
 「勝つことがオレの全てだ!」
 「相手を一方的に叩きのめすのが快感なんだよね〜」
 「もっと勝ちたい!もっと得たい!
  (それが一番の価値なのだから)」



このような方はかなり曇っている可能性が高い。
ちなみに、 我欲と怖れはコインの裏表のようなものである。
我欲が強い = 同じレベルで怖れも強いと思う。




殺意の波動の場合、
一時的に、急激に、大きな陽、大きな力を得ることが可能なのだが、
それは低級霊的な存在の御力によるものであり、
同じくらい、もしかすれば、得た以上の陰、マイナスが返ってくる
自分は考えている。


「すぐのおかげは低級霊」(日月神示より)



これはまさにそのことを言っている。



(もしかしたら、
「輪廻転生」 = 同じところをぐるぐる繰り返す
というのは、
神の波動から離れた状態で、陰と陽を同じ分繰り返すこと、
を言っているのかもしれない。)




一方、 神のストリーム、神の波動というのは、
陰の時、陽の時を繰り返しつつ、
必ず、陰を上回る陽が与えられて、
解かり易くいえば、
 右肩上がりに無限大に上昇していくストリーム
なのである!(ガガーン!←雷音)



この両者に善い、悪いはない。
どちらを選ぶかは、貴方の自由、なのである。
今日はここまで。


PS.
神というのは多層的なので、
今、殺意の波動を選択している方も
それはそれで、一つ外側の次元の大神によるシナリオの内、
とも言える。
その人にとって必要な学びであり、
学びの段階は人それぞれ、魂それぞれ、なのである。
(多分ね 笑)





最近、時間が使い切れないほど無限にあるので、
持ってるゲームの中でやりたいモノを再度プレーしてたりします。
標記のゲームが終了。



評価:B+ (3.5)
※S〜Dの5段階中



前回は通常ランクだったと思うが、今回はSランククリア。
いいゲームだと思います。



(感想 箇条書き)
・この作品はSランククリアしてこそ価値がある気がする。
・どのキャラも良さが光る。
・エピローグの暗石さんの手紙で、彼の好感度急上昇!
・犯人の、自身の娘に自分を明かすことができず、
ずっと心に秘めた「会いたい・・」という気持ち。
これは胸に迫った!切ない!
・エンドロール最後の主人公の一枚絵、
どの女性キャラよりも可愛く見えたのは、自分だけ?(笑)


以上。
こういう昔懐かしの推理ADV、ほんと復活してこないかなあ〜。
このまま2作目「奈落の城」も触りたくなりました。


※今は日記に感想を書いているが、
このまま増えてきたら、特設ページに分別するかもしれない。




前回の続き。


陰の時
 劣勢の時
    ⇒ 無理に動かない



陰の時というのは、
 劣勢を嫌がる心
 劣勢を返したい、などという欲が高くなったりして、
 ジタバタしたくなったり、無理に動きたくなるものである。(笑)


陽の時
 優勢の時
    ⇒ 無理に動き過ぎない



一方、陽の時は陽の時で、
 何かを得ることを急ぎすぎたり、
 あれやこれややりたい、というような欲が高くなり
 急いだり、色々動きたくなるもの。




つまり、どちらにしても


 無理に動かない = 無理をしない


神様は望むすべてを与えてくれているのだから。


わざわざ無理に動いて、神のストリームを損ねない、ということ。


PS.
 「勝って(陽の時)驕らず 負けて(陰の時)卑屈にならず」
これも↑に近い内容と思います。


今現在の世界と日本は「陰の時」ですよね。





無理に動かない
無理に動き過ぎない = 無理をしない



今日は表記について。
格闘ゲームなんかもそうで、
格ゲーに限らず、フットサル、生活、すべてにおいて
とても大事だと自分は思っている。


なぜかと言うと、
その人それぞれの神の流れ、神のストリームというべきものがあり、
それは、
陰の時と陽の時を行き来しながら、
無限に増加していく流れであり、
すべてを与えられる流れ、というのがあるのだが、


無理に動き過ぎたり、我欲のままにやり過ぎたりするほど、
その神の流れを損ね、神の流れから離れてしまうからである。


(ポイント)
・陰の時というのは、誰にでも在る
   ⇒そして、陰の時ののち、それを上回る陽の時がやってくる
      ⇒そして、無限に上昇していく、増えていく


(陰の時というのは、ある意味、
のちの陽を受け取る準備期間、ともいえる)




表記についてのニュアンスは、結構、体得、感得に近いので、
言葉に書いて理解してもらうのは難しいかもしれない。



一つ、自分的に善い例と思っているのが、
鍛錬 = いわゆる筋トレ。



自分は背筋を伸ばす目的で壁立て、机などでの腕立てをやっているが、
昔は1日に500回以上やり、多くやる方が善い、筋肉痛になる方が善いと考えていた。


しかし、色々体感の結果、
10回減り、20回減り、30回減って、
今では
「1セット1回、それを1日気が向いた時にやる」
というところまで変化した。
多くやればいいというものでない、自分にそんなに必要がない
と感じるようになったのだ。


これが
「無理に動かない
無理に動き過ぎない = 無理をしない」
の解かりやすい例だと自分では思っている。




いやー、仕事のない世界ってほんとうにいいですね!
(水野晴朗風に)




〇纏(お金を稼ぐ為の労働)や学校がある

  ⇒ 一定時間の拘束により、自由が制限される

  ⇒ これがキツイ!


△修譴ない

  ⇒ その瞬間、自分のやりたい!と思ったことができる

  ⇒ 最高!


あとは、お金を稼ぐ必要のない何らかのシステムと我が最愛のパートナーとの再会が完了すれば、 より完璧なのだが。(笑)




コロナ、緊急事態、と世界が色々と変化している中、
皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
お疲れ様でございます。管理人artoです。
体調等崩している方はお大事にしてください。


今のような現状で、不安などを抱えている方が多いかもしれませんが、
一方、お仕事が休みになったりで、時間がたくさんあるという方もいらっしゃるのでは ないでしょうか?自分もそうです。


多くの物事には両面があります。
怖れ、不安、心配にフォーカスをする生き方、
喜び、楽しさ、善いところにフォーカスをあてる生き方。
どちらを選ぶかは、それぞれの自由な選択です。好きな方を選べます。




自分としては、後者の生き方を選びたいですね。




と、いうことで、




今の世界、
時間が使い切れないくらい無限にあり、
好きな時に、好きなことを、好きなだけできて、
超絶!嬉しいです!
天地の神々よ、無限の幸せをありがとうございます。




強いて言えば、商業施設が休業で
アウトドアなことが中々できないという残念な点はあります。



ただ、
これを機に、
今までやりたかったのにできなかったこと、
あるいは、
家族など身近な人と接すること
に時間を使う方がどんどん増えるのではないでしょうか?



自分の場合、



・やりたいゲームをやり始めた。
(昔やったRPG、ADVなどもっかいやりたいな、とか)


・スト5のオンライン対戦を始めた。



格闘ゲームは子どもの頃、かなりやってたのですが、
受験や大学に入ってから止めてしまったんですよね。


時間はたくさんできたので、
皆さんも、子どもの頃好きだったのに止めてしまったものなどを
再開する
かもしれませんね。


ではでは。




判った!判ったぞぉぉーーーー!
(美味いぞー!、と叫ぶ味王のように)





コロナウィルスって・・・




コロナ = 567 = ミロク(567)の世




567次元、嬉し嬉しミロクの世の到来!


このHPを見た君は、天界(ミロクの世界)でボクと握手!
なんちって!




前回に続き、性エネルギーに対する自分の見解を書きましょうか。



(参考: 自分の体験、本「日月神示 完全ガイド」「タオ・コード」「ガイアの法則供廚覆鼻



一般的に「性欲」と言われる性エネルギーは、自然の状態であるならば、本来「神聖なるエネルギー」であり、
その実は、
自分と一対の女性、一対の女神、天来の異性と引き合う、惹かれ合うエネルギー
だと考えている。



いわゆる「運命の赤い糸」の話は、この神聖エネルギーから来ているのかもしれない。



神聖エネルギーの状態ならば、
そのエネルギーは自分と一対の女性、一対の女神のみを指し示す。
それは、その一対の女性にのみ異性として惹かれる。
その女性にのみ性的に興奮する。ということ。


しかし、現代では以下の要因によって、
神聖エネルギーが、性欲エネルギーの次元まで曇らされてしまっていると考える。


1.性の乱れ
 ⇒エロ・ポルノの氾濫


 これにより、本来は一対の女性との間で循環する神聖エネルギーが、他の方面に拡散する状態になってしまっている


2.食の乱れ
 ⇒肉食過多や大食の現代食


 これにより、神聖なるエネルギー、その人の内なる神と呼べるものが、汚れた状態、曇った状態になってしまう(もちろん摂取する内容、量による)


3.1に近いが、性に関する洗脳
 ⇒フリーセックス信仰
 ⇒純潔、貞操を破ることへの煽り
 ⇒男女間対立の煽り、など


 これにより、本来出会うべきでない異性と簡単に肉体関係を結んでしまい、霊的なカルマ、メグリを取り入れ、神聖なるエネルギーに曇りを入れてしまう。



1は男性、2と3は男女共通の項目。



現代社会でなぜ、こんなにエロと食が煽られるのか。
大きな文明の終焉に、性と食が乱れたのはなぜなのか。
そこを考えると、おのずと答えが視えるのではないでしょうか。



性エネルギーは、正しくは神聖なるエネルギー。
それはその人自身の波動であり、その人の「神そのもの」といってもいい。



一対の男女を太陽と月に例えると自分はわかり易い。
太陽は本来、一対の月を陽エネルギーで照らし、光を受けた月は陰エネルギーを返す。一対の間でエネルギーが循環している。
しかし、太陽の放つエネルギーが月ではない他の方面に拡散し、尚且つ、太陽と月の周りに曇りがたくさんある状態だったら・・・。
それが現代の多くの男女の状態。



以上、あくまで自分の体験と本の内容を元にした自分なりの考え。
ではでは。




2020/1/13に
「トップページ」
に頂いた拍手コメント について、
同ページの一番下に返信しました。



全世界100億人の当HPファンの皆様、
あけましておめでとうございます。
お久しぶりです。管理人artoです。


何を書こうか、結構迷ってます。
その時、自分がしたいこと、好きなこと、書きたいことを
直観、インスピレーションで書くスタンスなのですが。



令和も二年となり、新年一発目は、
軽ーく「男性の性エネルギーについて」 書こうかと思います。



新年一発目なので、軽い内容として、
「男性の性エネルギーについて」
書こうと思います。



自分は↑のリンクの通り、
男の性欲については実体験 + 本 を元に数年考えてきました。



まず、今の考えとしては、
この性欲 = 性エネルギーは男にとって、というより男女にとって 大切なもの
ということである。


自分は↑の通り、
禁欲(射精を禁ずる)することを是として体験してきたが、
今の段階では、
決して無理に禁欲するようなものではない、
そして、無理に禁欲するつもりもない

という考えである。


ただ、少し複雑なのは、
現代社会、現代日本においては、多くの人が
性エネルギーは本来、神聖なるエネルギーなのに、いくつかの要因で性欲エネルギーの次元まで落とされている
と思われる。
その要因の為、
神聖エネルギーのレベルまで高める(戻す)目的で
一定期間、禁欲することも一つの成果がある
ともいえなくない。


と考える。


久しぶりの更新で疲れたので(笑)、今日はここまで。
続きがあるかは気分次第。(笑)



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